『空の思想史』立川武蔵p.177らへん
シャーンタラクシタ…インド後期仏教(7世紀頃~)において中観派と唯識派(瑜伽行派)を総合した人物。弟子のカマラシーラと共に、インド大乗仏教をチベットに伝えるにあたって最も功績を残した。二度目にチベットに入った771年、シャーンタラクシタはチベット土着のシャーマニズム的要素の強いポン教との論争に勝利。サムエ僧院を建立した後まもなく他界。臨終に際してチベット人の弟子に「もしチベット仏教が危うくなったら、インドにいるカマラシーラを招くように」と言い遺す。彼はチベットに導入されたばかりのインド大乗仏教が、既にチベットで台頭しつつあった中国大乗仏教と近々対決せざるをえないことを見通していた。
シャーンタラクシタの弟子カマラシーラはチベットに招かれ、中国仏教を奉ずる大乗和尚(魔訶衍)と修行階梯などの問題について論争し、彼を論破する。これにより認識論・論理学を重んじるインド大乗仏教がチベット王室に正式に導入された。「悟りを得るためには幾多の段階を順に追って修行する必要がある。空性はそのような不断の修行過程の中で捉えるべきもので、単なる心作用の欠如ではない」という考えで、チベットにおいてはダライ・ラマの学派を開いたツォンカパによって引き継がれ、チベット仏教の主流として今日に至る。
※カマラシーラに負けた大乗和尚は「戒を厳守することや長期の瞑想修練、理論研究は不可欠というわけではなく、心作用を滅すれば(視覚や聴覚や思考の全てが止滅すれば)悟りを得ることができる」と主張していた。修行階梯を順に踏むことには必ずしもこだわらない、という型の仏教であった。